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静岡地方裁判所浜松支部 平成4年(ワ)297号 判決

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一  申立て

1  原告

(一)  被告は原告に対し、金一七五八万三九四七円及びこれに対する平成四年八月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

(三)  仮執行の宣言。

2  被告

主文と同旨。

二  主張

1  請求原因

(一)  原告は、浜松市内に勤務する会社役員であり、被告は、証券業を営み、東京都に本店を置き、浜松市田町に支店がある。

(二)  原告は、平成三年四月一六日ころ、原告の勤務先会社に来社した被告浜松支店営業課に勤務していた長田浩一(以下「長田」という。)に対し、原告保有の現物株二万株(帝人、昭和電工、徳山曹達、三菱樹脂各五千株。以下「四銘柄の株式」という。)を全株売却して欲しい旨依頼した。

(三)  同月二三日、原告は被告から四銘柄の株式の売却報告書と共にワラント購入の報告書の送付を受けた。そして、翌二四日、原告は四銘柄の株式の清算金一二二〇万一五九四円の支払いを求めたところ、原告名でタテイシデンキ(商号が変更し、オムロンとなった。以下「オムロン」という。)ワラント一三〇ワラント(以下「本件ワラント」という。)が買付けられており、清算金として一一万七六〇二円の交付を受けた。

(四)  原告は、株式の売却は依頼したが、ワラント購入の申し入れをしたことはなく、本件ワラントの買付けは原告に無断でなされたものである。なお、原告はワラントの知識は皆無であり、長田からもワラントについての説明を全く聞いていない。したがって、原告に無断で本件ワラントの買付けをした被告の行為は不法行為に当たり、被告はこれによって原告に生じた損害を賠償する責任がある。

(五)  損害

(1) 四銘柄の株式売却の清算金残金一二〇八万三九四七円

右売却代金(一二二〇万一五四九円)から清算金として交付を受けた金員(一一万七六〇二円)を差し引いた額。

(2) 慰謝料 四〇〇万円

原告は、被告により本件ワラントを無断購入されて被害を受けた後、被告浜松支店に抗議したが聞き入れられず、被害額も甚大であったため、眠られぬ夜が続き、精神的苦痛を受けた。その慰謝料は四〇〇万円を下らない。

(3) 弁護士費用 一五〇万円

原告は被告に対し、再三被害の回復の申し入れをしたが応じないため、本件原告代理人に訴訟を委任し、着手金及び報酬として一五〇万円の支払いを約した。

(六)  よって、原告は被告に対し、不法行為による損害賠償として、一七五八万三九四七円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

(一)  請求原因(一)ないし(三)の事実を認める。

(二)  同(四)の事実を否認する。

長田は、平成三年四月一八日に原告の勤務先を訪問し、その際、オムロンの株価の動きを示す表(チャート)及びワラントの価格表を原告に見せながら、オムロンの会社内容、業績、株価及びワラント価格の推移を説明し、ワラントは、株価が下がれば株価の下落率に比べそれ以上の率で下落するが、株価が上がればその上昇率に比べそれ以上の率で上昇すること及びワラントの行使期限に株価が行使価格を上回っていなければワラントの価格が零になることを説明した。また、長田は原告に、当時、オムロンのワラントは第三回ワラントと第四回ワラントが取引されていたが、オムロンの業績が好調で今後株価の上昇が期待でき、第三回ワラントも行使期限までに二年ほど期間があるので、第三回ワラントの方が第四回ワラントよりも利益が上がることが予想される旨述べて、第三回ワラント購入を推奨した。そして、平成二年末以降のオムロンワラントの値動きや当時の株価の動向からして、原告が保有していた株式よりもオムロン第三回ワラントを保有する方が値上がり益を期待できる旨意見を述べた。

原告は、長田からワラントについての説明を受け、オムロン第三回ワラントの推奨理由を聞いた上、当時原告が保有していた四銘柄の株式を売却した代金の範囲内でオムロン第三回ワラントを購入することを承諾し、その旨長田に告げた。そこで、長田は、翌一九日に右株式を売却した代金で第三回オムロンワラントを買付けることを原告に確認して、その注文を執行することとした。原告は、長田のワラントについての説明に対し特にそれ以上の詳しい説明を求めなかった。なお、原告は、同月二四日、株式の売却金と本件ワラント購入代金の清算金一一万七六〇二円を受領した際、同月一九日付けで被告が原告に交付したワラント取引に関する説明書の内容を確認し、原告の判断と責任においてワラント取引を行うことを内容とするワラント取引に関する確認書に署名、押印して、被告に交付した。

したがって、被告の従業員である長田が原告に無断で本件ワラント購入取引を行ったことはない。

(三)  同(五)の損害の主張を争う。

三  証拠の関係は、本件記録中の各証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因(一)ないし(三)の事実は当事者間に争いがない。

二  本件ワラントの買付けについて

1  証拠(乙一ないし五、六の一、二、七ないし一〇、証人長田浩一、同羽田拓)及び前記争いのない事実によれば、次の事実が認められる。

(一)  被告浜松支店営業課に勤務していた長田は、同支店に保護預かり口座を開設して有価証券を保有しながらしばらくの間取引のない顧客を対象として、被告との取引の再開を勧誘し、株価の値動きの説明や別の商品を紹介するなどの営業活動をしていたが、同支店の内部資料で、原告が、平成三年四月当時に帝人等四銘柄二万株の株式を保有しており、会社役員であることを知り、原告にオムロンワラントの買付けを推奨することを考え、同月一八日午前一一時ころ、オムロンの株価の推移を示すチャートのコピー(乙六の二と同様のもの)と外貨建てワラントの価格表(乙七と同様のもの)を持参して、原告の勤務する榎屋開発株式会社に原告を訪ね、原告と面談した。その際、長田は、当時の相場環境として、株式投資をする場合には、企業の業績などを検討して銘柄を選択することが一層重要である旨説明し、原告が保有していた四銘柄の株式よりも上昇率が高いと期待できるオムロンを紹介し、更に、株式に投資した場合よりもワラントに投資した場合の方が値上がりした時の利益率が高いことを説明した。そして、ワラントは、株価に連動して価格が変動するが、株価よりも値動きが大きいため、株価が値上がりすればワラント価格は株価以上に上昇し、株価が値下がりすればワラント価格は株価以上に下がること、ワラントは、一定の行使価格を払い込んで新株を引き受ける権利であり、その権利に行使期限があることから、行使期限までに株価が行使価格に達しない状態であればワラントは無価値になり、逆にその行使期限までに株価の上昇が見込まれるのであれば、投資効率の良い商品であること、オムロンワラントは、当時第三回発行のものと第四回発行のものが流通していたが、第四回オムロンワラントの権利行使価格が第三回オムロンワラントのそれより低額であったため、第四回ワラントの単価は第三回ワラントの単価よりもかなり高くなっていた上、第三回ワラントの権利行使期限までには二年余りの期間があり、その期間のうちにオムロンの株価(当時二三〇〇円から二四〇〇円)が第三回ワラントの権利行使価格(二九〇〇円)を上回ることが期待できるので、第三回ワラントの方が利益が大きいことを説明し、第三回オムロンワラント買付けを推奨した。

(二)  長田の右説明を頷きながら聞いていた原告は、保有していた四銘柄の株式の時価を新聞の株価欄で確認した後、「じゃあ、そうしようか。」と述べて、右四銘柄の株式を売却して、その売却代金をもってワラントを買付ける意向を示した。長田は、四銘柄の株式の売却注文を翌一九日の寄り付き(取引開始直後)に出して、その売却代金の範囲内で第三回オムロンワラントの買付け注文を出すことでよいかどうかを確認したところ、原告はこれを承諾した。そこで、長田は、同月一九日、原告の注文通りの四銘柄の株式の売却及び第三回オムロンワラントを一三〇ワラント買付ける売買取引を執行し、当日、原告に注文通りに約定が成立した旨の電話連絡をした。

(三)  原告は、同月二三日、取引報告書(四銘柄株式売却約定の報告書。甲二の一、二)及び外国証券取引報告書(本件ワラント買付約定の報告書。甲三)を被告から送付を受けて受領し、更に、翌二四日、被告浜松支店を訪れて、株式売却清算金(一二二〇万一五四九円)から本件ワラント買付代金(一二〇八万三一七五円)、その他(七七二円)を控除した清算金一一万七六〇二円を受領している(乙二)。

そして、右清算金を受領した直後、ワラント取引に関する確認書(乙一)、外国証券取引口座設定約諾書(乙三)、外貨建証券配当金等の振込先指定届(乙四)、国外発行の株式等に係る配当所得の源泉分離課税の選択申告書(乙五)に署名、押印して、被告に交付している。

2  右事実によれば、原告は、長田の説明に納得して、本件ワラントの買付けをしたものとみとめられる。

3  原告は、本件ワラント購入を申し込んだことはなく、本件ワラントは原告に無断で買付けられたものであると主張し、原告本人はその旨の供述をし、原告作成の甲四号証の一ないし一〇、七号証にもその旨の記載があるが、前記認定の事実と対比して、右は到底採用しがたく、他に前記認定を左右するに足りる証拠はない。

三  そうすると、本件ワラントが無断買付けであることを前提とする原告の本件損害賠償請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がないので、棄却を免れない。

(裁判官 吉崎直彌)

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